うつ病の発症から完治までの過程(3)

2017年08月03日
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ここまでの流れ:過労でうつ病と不安障害にかかり、退職して療養生活へ。引っ越しのため8年間通院した精神科クリニックとお別れして、新しい病院探しを開始。しかし病院探しは難航。長年の療養でうつ病からだいぶ回復していたので、自力で断薬に挑戦、成功しました。

うつ病をぶり返しそうになった出来事


通院治療を中止し、薬の服用も止めてから約3年経った頃、うつ病再発のピンチが訪れました。ペットロスです。可愛がっていた猫が死んでしまいました。

言葉が通じない動物とはいえ、生活を共にしてきた相棒がいなくなる喪失感はとてつもなく大きいです。悲しくて悲しくて、一週間くらい泣いて暮らしました。

その最中、ふと「これはまずい」と気づきました。心の様子が、うつ病がひどかった頃と同じ。そろそろ日常生活に戻らないと…と焦っているのに前を向けない。

私の場合、うつ病再発のサインは「なんともいえない嫌な感じ」に頭の中が支配されたことでした。自分にしかわからない感覚的なもの。

放置すれば確実に再発すると確信したので、一瞬病院へ行こうかと迷いました。でも当時の私は薬を止めたあとの生活にすっかりなじんで、抗うつ薬の副作用から解放された身軽さを満喫していました。

結論は、病院に行きたくない。通院で良くなるのはわかってるんですけどね。でも医師の手を借りずに、ペットロスを乗り切ろうと決意しました。

自力で再発のピンチを乗り切った方法


うつ病の薬の代わりに活用したものはアロマテラピー、フラワーエッセンス、ペットロスについて書かれた本です。

アロマテラピーとフラワーエッセンスは自然療法で、通院治療をしてた頃に出会いました。どちらも悲しい感情を癒す効果があり、深くはまりました。手元のアロマ用品やレメディを、生きた実験台(笑)で試してみよう!なノリでいろいろ実践しました。

アロマテラピーなら「無感動」「ショック」に効く精油をブレンドし、マッサージや芳香浴をする。フラワーエッセンスなら今の状態に合うエッセンスを選んで、数日間服用する。

自然療法は素人でもわかりやすい専門書がたくさんありますし、ネットショップでも情報提供しています。またアロマ専門店の店員も知識が豊富です。

ペットロスに関する本は、これを読みました。


心霊カテゴリに分類されてる本で、内容にスピリチュアル的な要素があります。スピリチュアルを非科学的と批判する向きもありますが、私の折れた心を立ち直らせるのには必要みたいでした。

認知療法も実践しました。通院してた頃に主治医に勧められた本を開いて、少しずつ心の整理をしました。

そうやって手当たり次第に自分の心と向き合ううちに、ペットを失う前の日常に戻りました。何ヶ月かかったかな?境界線があいまいで、いつの間にか自分の心を取り戻しました。

うつ病を完治した今、思うこと


現在、ペットロスを乗り越えて数年経ちました。その後はうつ病が再発する気配は全くありません。それどころか普段の私は、うつ病だった頃の自分を完全に忘れてます。きれいさっぱりと。

だから私のうつ病は完治したと考えてます。医学的な根拠は知らないけど、心の底から「治りました」と言えるようになりました。

ここに至るまで、いろんな人が私を支えてくれました。家族や友人には迷惑かけました。感謝を伝えようにも、伝えられない人がたくさんいます。

それならせめて、今病気で苦しむ人に対して何かできることがあるのでは?と思って、ブログを始めました。お医者さんのような助言は無理だけど、私の体験談が何かのお役に立つことがあれば幸いです。

うつ病の発症から完治までの過程(2)

2017年08月02日
前回(1)の続きです。

ここまでの流れ:過労でうつ病と不安障害にかかり、会社員生活をしながら通院を続けたけれど、一向に治る気配が見られないため会社を退職。家族と同居して療養生活を送っていたら、縁もゆかりもない土地へ引っ越すことに。新居で病院探しを始めることになりました。

精神科が遠い、遠い…


新しい病院探しは簡単だったけど苦労しました。ちょっと変な表現だけどほんと。

当時はネットが発達した現在と違い、病院のホームページや口コミを頼りに探せない時代だったんです。また、うつ病の患者さんも今ほど多くなかったので、ビルの一室で開業する精神科・心療内科のお医者さんも少なかったです。

どうやって探したのかというと、紙のタウンページを開いて、精神科がある病院をピックアップしました。アナログ!

結果、わりと近所の病院を2軒確認。どちらも総合病院の精神科。朝に受付〜お昼に診察〜午後に薬を受け取るような、通院で丸一日つぶれてしまうような所です。

そこで検索範囲を広げて、電車で数駅隣にある都会のクリニックも探してみました。ところが移動時間が片道30分かかる上に、肝心の電車が1時間に1本しか来ない(笑)

近所の病院、遠方のクリニック、どちらを選んでも通院丸一日コース。そう判明したら、通院が面倒になってしまいました。

というのも8年間の病院通いで、調子が良い時は薬を飲み忘れるくらい回復してたからです。

いや、「忘れる」のとは別かもしれません。薬を飲む時間は把握してるけど、飲まなくても平気かもと判断したら、飲まない。それで結構いける日がぽつぽつ出現していました。

しかも引っ越し前のクリニックでもらった薬はだいぶ余ってます。そこで思ったことは「…ひょっとして、頑張れば断薬できるかも?」

失敗したら素直に病院の門を叩こうと決めて、自己流の断薬に挑戦しました。

うつ病の薬を断捨離するまでの過程


※ 一応お断りしますが、うつ病治療中の方は自己判断で断薬をしないでください。私の例は特殊ですので真似しないでください。 ※

断薬をするにあたって頼りにしたのは、専門家向けの書籍です。amazonで検索して、難しそうだけどヒントになりそうな本を購入。その中に書かれていた方法に沿って、薬の服用量を減らしました。

1回目の断薬は失敗しました。無性にイライラして、わけもなく気分がふさぐ。薬をきちんと飲めば気持ちが落ち着く。時期尚早だったと反省して、処方された通りの服用を再開しました。

2回目の断薬は80%成功しました。卒業できたのは昼間に飲む抗うつ薬、抗不安薬です。睡眠薬は辞められなかったので、無理せず飲み続けました。だから80%。

薬を辞めた開放感は全然ありませんでした。うつ病がぶり返すかも、という不安な気持ちは抱えたまま。実際、調子が悪いと感じた時は頓服的に薬を飲みました。

本当の意味で断薬できた時期は、1回目の断薬から1〜2年経過した頃です。ふと引き出しにしまった薬袋に目が止まって、最後にうつ病の薬を飲んだのはいつだろう?と思い出せなかった。その時点でようやく、断薬成功したことを実感しました。

それでも睡眠薬だけはお守りのように保管し続けましたね。それも、うつ病の薬を捨てた1年後に処分しました。多分使用期限はとっくに切れてたはずです。

早期発見イコール早期回復とは限らない


閑話休題。当時を振り返ると、私のうつ病が寛解期に突入したのは、断薬を試みた頃だと思います。具体的な年数は約10年です。な、長い。

その間、会社勤めと通院治療を並行した生活が1年。退職してアルバイトをしながら療養生活を送った年数が8年ほど。新しい病院探しを断念して薬をやめるまで1年以上かかってます。(お医者さんの元で断薬をすればもっと早かったかも)

だから回復に時間がかかっても、焦る必要はありません。早期発見=早期回復とは限りません。でも治ります。治ることを信じて療養すれば治る病気です。

私の体験談を読んで、闘病期間の長さに失望する方がいるかもしれないと思い、話を脱線させていただきました。(3)へ続きます。

うつ病の発症から完治までの過程(1)

2017年07月24日
私…はじめての認知療法・管理人。約20年前にうつ病と不安障害を発症後、寛解を経て完治しました。自己紹介の代わりに、発症から完治までの出来事を振り返ります。

過労でうつ病、不安障害にかかる


私がうつ病になった年齢は23才の頃。原因は過労です。当時は広告デザイナーをしてました。広告の世界は深夜残業と徹夜が当たり前。それでも就職したての頃は元気に楽しくやってましたが、激しく体力を削り取られました。

うつ病に気づいたきっかけは不眠です。当時はドラッグストアで睡眠薬を買える時代ではなく、眠くなる副作用がある薬を飲んで一週間をしのいでました。でもそんな裏技は長続きせず、不眠はひどくなるばかり。

そこでネットの自己診断チェックテストをしたら「うつ病の可能性大」との結果が。すぐに精神科クリニックに予約を入れました。

主治医が下した診断は、うつ病と不安障害です。処方された薬は睡眠薬、抗うつ薬、抗不安薬。2週間に1回クリニックへ行き、主治医の面談と薬を処方してもらう日々が始まりました。

会社勤めと通院治療を並行してみたけれど


会社勤めをしながらクリニックへ通院する生活は、約1年続きました。しかしうつの症状は悪くなるばかり。離れて暮らす家族に心配をかけ、会社の同僚にも迷惑をかけるばかり。

その間、うつ病の状態は全く改善しませんでした。昼間に会社を抜け出して通院しても、残業と徹夜が続いてたので当然ですね。ちょっと病気を甘く見てたかも。

でも何も良くならない状況はつらかったです。幸い私は一人暮らしでしたので、通院開始から1年後に会社を退職しました。

生きる楽しみを取り戻した退職直後


会社を辞めたあと、半年ほど一人暮らしを続けました。生活費は失業保険と貯金です。忙しい正社員を辞めれば、アルバイト程度の仕事ができるのでは?と見込み、蓄えを崩して生活してました。

といっても暗い生活じゃなかったですね。遠方の友人と会ったり、心の病をもつ人と知り合って仲良くなったり。コンサートにも出かけました。「うつ病の治療は休養が大切」の知識があったので、会社勤めの間にできなかったことを楽しみました。

しかし無職なので、遊び中心の生活も限界があります。結局家族に相談して、25才の時に実家へ戻りました。

療養中の生活リズム


実家で療養生活を送る間、ほぼ無職でした。労働は短期間のアルバイトと、両親の仕事の手伝いを少しする程度。働く→疲れる→休む、また働いてみる…の繰り返しです。

仕事をしない期間の生活リズムは、起床時間が朝10時頃、就寝は夜2時頃でした。会社員時代とほぼ同じでしたね。今振り返ると、夜型生活がうつ病を長引かせた原因だったのでは?と思います。なぜなら、完治した今は朝型生活で調子がいいから。

もっと早く長年の習慣を見直せば、病気のコントロールがしやすかったかも…と、今になって思います。


吉と出るか凶と出るか?見知らぬ地へ


うつ病の療養生活を始めて8年目、31才頃に大きな転機がやってきました。なんと両親が家を購入。約150km離れた土地へ引っ越すことになったのです。

当時の私は服薬治療を継続中で、経済的にも自立してません。引っ越し先は親戚も友人もいない場所。だいぶ迷いましたが最終的には好奇心が勝って、家族と共に新しい生活をスタートすることに決めました。

8年間お世話になった主治医には、紹介状を書いてもらいました。新居は農村地帯の田舎で、都会のような精神科クリニックがありません。内心、相性の良い病院が見つかるかどうか不安でした。

でも運良く(?)薬は結構余ってたので、病院探しに時間がかかってもきっと大丈夫。楽観的な気持ちで、住み慣れた土地を後にしました。

(2へつづく)
プロフィール
約20年前にうつ病と不安障害を発症後、寛解を経て完治しました。
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