「ヒマ」もストレスになる

今日は一日中ヒマだった、と思い返すことがあります。 忙し過ぎることはストレスになるけれど、ヒマを持て余すと、ついつい余計なことを考えてしまいませんか。

もっと時間があれば、コレも出来るアレも出来ると思い描いてしまうけれど、いざぽっかりと時間が出来ると結局何もしないままということも。

日々の仕事や家事に追われて時間との戦いを余議なくされている人には、ヒマという言葉は甘美な響きがします。

趣味を多く持つ人は、忙しい間を縫って遊びにもタイトなスケジュールを組んでいます。だから、時間を作ることがとても上手ですよね。

私は、どちらかと言えばヒマよりも忙しい方が好きで、何もしないとそわそわして、ああ時間がもったいないと思ってしまう派です。

一時期、離婚したくて仕方がなかった時期に実の母親に相談すると「あら! ヒマなのねえ。あなたね、ヒマだからそんなこと考えるのよ」と一蹴されたことがあります。

全面的に否定出来ない自分に気付かされた出来事でした。

確かに、ヒマな人ほど他人の噂話ばかりしてその情報収集にはいとまがない。それで、ヒマを持て余しているのでしょう。

しかし、「ヒマ」という語感は何となくネガティブな雰囲気を含んでいます。どうせヒマでしょ?とか、ヒマ人だから、みたいな使い方をされますよね。

自分自身もヒマを口実に暴飲暴食したり、それで自己嫌悪に陥ったり。ヒマは禁句、オフの日と呼ぶ余裕を持ちたいと願うばかりです。